このところ、市川市動植物園のお猿のパンチのことばかり考えています。大好きだからこそ考えずにはいられないのですが、パンチ好きな方々の中に、パンチを通して、自分自身やご自身の人生を投影している方々がおられるのではないでしょうか。私もその一人です。もちろん、その投影とは私の中のナラティブ(物語)に過ぎませんが、皆さんのコメントを読むと共感するとが多く、いつも小さく頷いています。
今回、パンチから学ぶことのpart3として私が注目したいのは「弱さのやり場がないと、一番近くにいる弱者に向かう」というテーマです。
パンチを単純に「弱い者」と呼びたいわけではありません。しかし、今年生まれた赤ちゃんお猿達を除けば群れで一番小さく、お猿の社会や言語をまだ学習中の身であると思うのです。さらに、群れの中にいつも寄り添って守ってくれる母親がいないという環境は、相当にチャレンジングな状況だと言えます。 それでもパンチは、持ち前の切り替えの早さや純粋さで、飼育員さん達の愛情を感じながら成長しているように見ています。お猿社会のルールによって怒られたり、突然攻撃されたりする環境下でもたくましく生きる姿には、感心するばかりでなく、画面越しに「パンチ偉いね」と言いながら、その言葉を自分にも分けているような感覚です。
それにしても、パンチはなぜ攻撃されてしまうのでしょうか。母親の後ろ盾がない突然やってきた「よそ者」として見られているのか、あるいは毎日3度、食べ物を与えてくれて、パンチが平気で近づいていく水色(に包まれた)の生き物(飼育員さん達は水色のユニフォームを着ています)を、他のお猿達はどう見ているのか——それも気になります
そんなことを考えるうちに、ふと「ニホンザルの色覚能力」が気になりました。 調べてみると、ニホンザルは青色を識別できるそうです。つまりパンチも、大好きな飼育員さん達を「青色(水色)の大事な生き物(人間)達」と認識している可能性があるのかと。 一方で赤と緑に関しては、オスの持つ染色体によって識別能力が変わるのだとか。ここでパンチの「ニンジンは…」が頭をよぎります。もしパンチが特定の染色体を持っていてニンジンの「赤」が認識しづらいのだとしたら……などと想像が膨らみます。あまり興味のなさそうなキャベツも、もっとはっきりした緑色ならより美味しく見えるのだろうか、などと考えるのは少し無駄な深読みでしょうか。結局は、何色であれ美味しいかどうかなのでしょうけれど。
とはいえ、ここで本当にお話ししたかったことは、お猿の色覚能力ではなかったのです。 少し話が長くなってしまいましたので、この「青色(水色)の生き物(飼育員さん達)」の存在や、冒頭に掲げたテーマの核心については、次回じっくりと書かせていただきます。


