私は毎日、AIを利用しています。
確かにAIは、ルールに則って利用する限り、
こちらがどんなに感情的になっても、
どんな言葉を投げかけても、問題なし(たぶん)。
だから、人間相手の対話と同じには考えられない、
と言われるかもしれません。
けれど、人間同士がお互いを尊重し、
ルールを守り、安心・安全な環境で語り合えたという
安堵感や希望を感じられた時は、
AIの理解力よりも、
遥かに人として許容された気持ちになります。
その体験を得られた人は、
かなりお得な時間を過ごせたことになると思います。
とはいうものの、
人間同士には相性があります。
「話はちゃんと聞いてもらえたけれど、何か違った」
とおっしゃる方がいます。
悪い人ではなかったし、
安心して話せたのは確か。
でも、なんとなくピンとこなかった。
そういうことはいくらでもありますし、
それがその対話の答えになることもあります。
しかし、そのピンと来なかった会話は、
損をしたということではありません。
対話の中で、思っていた以上に
ご自分がしっかりとしたビジョンを持っていたことに、
気づいたということもあります。
それを言葉にしていくうちに、
『自分は本当は、こういう対話がしたかったのかもしれない』
という本質に触れる。
その瞬間、『あ、今日のこれとは違うかも』という感覚が生まれる。
それが、あの『ピンと来なかった』の正体なのだと思います。
その「違い」に気づいたとき、
実はすでに、あなたは一歩前に出ていて、
頭も案外スッキリしているかもしれません。
あるいは、気付いたからこそ、
一度話しただけでは心に押し込めてきた想いを出しきれず、
「また来なくちゃ語り尽くせない」という欲求に
かられることもあります。
その欲求を得られたら、
自己開示への不安や恥ずかしさは、
もう消えているのだと思います。
やってみると、意外とそんなに怖いことではない。
それは、みんなどこかでわかっているのだと思います。
あとは、タイミングだけ。
いろんな気持ちがぐるぐるしていても、
そのタイミングを逃さないために。
ひとまず、LDCへ行ってみる。
それが、一番楽で、心地よい選択なのだと思います。


